大学生のころ
原広司さんの生み出す作品の
1ステップ飛躍したような
発想力に魅せられていました。
大学4年生で研究室に配属になり
五木村集落の研究をすることになり
色々な書籍を集めている中で
原広司さんの「集落の教え100」を拝読し
そこから作品への興味が増し
いくつか見学しにいった記憶があります。
実際に建物を見ても
学生時代の私には容易に把握できるものではなく
追加で「住居に都市を埋蔵する」も拝読しました。
それを読むと何となくですが
原広司さんの建築への解像度が上がりました。
まさに建築の中に「都市」があるように感じました。
人の生活や営みがせめぎあい
自己主張しあいながらも
都市という枠として
規律の中に納まっているような
そんな感覚がある建築だったように思います。
好きな建築家の自邸を調べるゼミがあり
私は原広司さんの自邸を担当してレポートしました。
まさに住居の中に都市がありました。
居住性とか、そういうものさしで測れない
概念のような建築という印象でした。
末田美術館↓

那覇市立城西小学校↓

ヤマトインターナショナル東京本社ビル↓

相鉄文化会館↓

つくば市立竹園西小学校↓

梅田スカイビル↓

京都駅ビル↓

広島市立基町高等学校↓

札幌ドーム↓

越後妻有交流館キナーレ↓

みなと交流センター↓

書籍↓


私の中では「建築家」というより
「研究者」という印象も強かったのですが
こうやって振り返ると
50年間、大・小様々な建築を
生み出し続けていて
アップデートを繰り返していて
「研究熱心な建築家」という印象ですね。
「研究」というのは
「勉強」の類義語で使われることがありますが
私がここで使っている「研究」は
論文を執筆する方に近い「研究」です。
そしてその研究結果のような建築に捉えています。
まだまだ見たい建築は沢山あるので
実際に訪れて「研究」させていただきます。
心より感謝申し上げます。
ご冥福をお祈りいたします。